一(いっ)国(こく)は一人(ひとり)を以って興(おこ)り・・・
「一国は一人を以って興り、一人を以って亡ぶ」。福田新首相の著書である(読んだことがないのでその内容についてはよく分からぬが、日経新聞によると衛藤征四郎衆院議員との共著とのこと)。誰をトップに載くかで一国の命運が決まる。政治の世界に限らず企業も同様だ。
「企業は一人のトップを以って興り、一人のトップを以って亡ぶ」と言い換えてもよいだろう。資質のない者がトップの座につけば国も企業も衰退するだけである。
今回の安倍首相の場合はどうだろう。ここを先途(せんど)とばかりにリーダーシップ論が喧(かまびす)しいが、どうも釈然としない。大事なのは「決断力だ」「孤独力だ」いやいや安倍首相の場合、理念先行でありすぎた、足元をみていなかった、経験不足だ。更には祖父にあたる岸元首相が「アレは総理の器ではない」と言ったとか言わなかったとか・・・。言いたい放題だが、政策論争で民主党に負けた訳でもない。噴出した年金記録問題、閣僚の「政治とカネ」の不始末から参議員選挙で負けただけである。
ただ政治でもビジネスの世界でも、業績を上げ得ぬトップは去るしかない。その業績とは政治(党)の世界では「選挙に勝つこと」である。
華々しい業績(実績)の前に誰も文句は言えない。企業経営も同様である。少しの戦略上のミスや個人的資質に問題があろうが選挙に勝てば強いリーダーとなる。その選挙に負けた。自民党としては間もなくやってくる衆議院選挙に勝てるトップがどうしても欲しかったに違いない。色々異論はあろうが今回の安倍首相はその自民党によってつぶされた(あるいは気力・体力が続かなかった)−と言えなくも無い。
皮肉なことだが、小泉前首相は、その自民党を「ぶっ壊す」と言い、郵政民営化を掲げ選挙に大勝した。そして自民党はつぶれかけた?このままでは本当に自民党がつぶれかねない。その危機意識が自民党の結束を生んだのかどうかは知らぬが、海底深く沈んでいた潜水艦が浮上するが如く、アレヨアレヨと見る間に浮き上がった福田さん。ご本人は前回の総裁選のとき「もう年ですから」とさっさと引き下がった人である。本当に政界は分らない。
第91代首相となる福田さん。ここはひとつよろしく頼みます。あなた一人によって日本は興りもし、亡びもします。
幹部に訴える(177)
部下指導(83)
〔面接技法―コーチングの実践(40)〕
「咄嗟(とっさ)の一言」
先日、ある企業のトップ(A社長とする)と昼食をとりながらこんな話をした。「どうも社員に対する私の咄嗟の一言がマイナスの一言になってしまっていかん」「あとになってシマッタ!あのときこう言えば良かったのに!と思うことがしょっちゅうです」と反省しきりである。
そう言われるとこの原稿を書いている張本人である小生とて同様である。「私もいつもいつも反省ばかりしていますよ」。変なところで意気投合してしまったが、言葉というのは難しい。その言葉が部下のヤル気を引き下げたり落胆させたりするのだから怖い。咄嗟の一言がマイナスの言葉になってしまうのは本当の意味で部下に対する思いやりが足りないのか、感謝の念が少ないのか、そんな話題で盛り上がった。
そういうA社長は社員教育に熱心であり、社員の良いところを出来るだけみつけ、日常ほめることを心がけている人物である。そのA社長の言葉だけに尚一層言葉の難しさを感じる。
例えば、幹部からある提案がある。内容をみて「これじゃあダメだ」とつい言ってしまうところがある。まさに咄嗟のマイナスの言葉である。
少し心に余裕があれば、まず提案してきたこと自体を認めてあげることが出来る筈だ。咄嗟の一言はその認める言葉であるべきなのだが「ダメだ」の一言が先に出てしまう。このクセは中々直らない。とくに社員を育てようとする気持ちが強いとついそうなってしまう(悪気は無いのだが)。
不用意に出てしまうこの一言はひょっとすると部下指導上最も大切なことかも知れない。
解決策は一息のみ込んで「聴く」ことからはじめるしかない。自己啓発としてその訓練が必要である。
自戒の念を込めて―。
以上
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