No.231
2007.7.25
 

学校教育

参議員選挙真只中である。自民党は苦しい戦いを強いられているようだが、年金よりも教育改革の進め方の方が心配である。

最近、母親(父親も含む)と先生の関係がおかしくなっていると言われる。自分の子供を可愛がるあまり、学校の先生に文句をつける親が急増中であるらしい。先日のTV報道によると、こうした理不尽な保護者達をモンスターペアレントと呼ぶのだそうだ。
何を言い出すか分らない。例えば―。
@ 生徒の席替の時、席を指定する親
A 音楽発表会で指揮者になった息子の顔が見えないから観客の方に顔を向けさせろと言う親
B 運動会の日程と塾の模擬試験の日程が重なり、運動会の日程を変更しろと文句をつける親

もう20年も前から親の問題は出ていたが、最近特に酷くなってきている。これでは先生方もたまったものではないだろう。対策として専門の対策チームを作ったり、訴訟費用保険に加入したりと防衛にいとまがない。「生成と生徒は対等である」「生徒は学校にとってお客様だからその親のことを先生は聞くべきだ」という考え方が根底にあるとしたらマチガイも甚だしい。明治時代のことだが、米百表の小林虎三郎は言っている。「学校とは、国家の為に働く人材を育成するところである」と。決して単なる技量を磨くところではない。学校の役割は何か。学校は何のためにあるのか。わがままな子供や親の為にあるのではない筈である。国家百年の計を考えれば教育問題が最大であると思う。

幹部に訴える(175)
部下指導(81)
〔面接技法―コーチングの実践(38)〕

「どうしたら出来るかな?」

今までやったことのない何か新しい改善案を部下に示すと、部下の反応はどうだろうか?
ほとんどの場合「ダメですね」「ちょっとムリだと思いますネ」という答えが返って来る。もうこれは人間の習性みたいなものだ。すると上司が「ナゼダメなのか」と追求をする。追求された部下はどう反応するか。これもお決まりのように「言い訳」に終始する。その言い訳を更に追及する。更に別の言い訳を用意してくる。まるでイタチごっこだ。
結局上司は追い込み、追い詰める人。部下は避けて逃げる人の図が出来上がる。追い詰められた部下はしぶしぶギブアップ。ムリムリ納得する(いや納得させられる)。上司はこれで一件落着!解決したと思っている。しかし部下の方は全く分っていない。表面的に従っているだけである。

日本全国の職場で社長⇔幹部、幹部⇔社員の間でいつもこんなやりとりが交わされている。
先日もある企業で、労働時間短縮のためのある制度を導入しようとした。ところが「それはうちの部門ではムリです」「少ない人員の中でそんなことが出来る筈がない」「人を増やす方が先じゃあないですか」という反論が帰って来た。「ナゼか?」と問えば「出来ない・ムリな理由(言い訳)」が出るわ出るわ。生き生き?と出てくる。これには参った。何故人はこんなときに目を輝かすのか。不思議な光景である。結局何も決まらず改革はストップ。

「指示・提案」 → 「拒 否」
「ナゼか?」  → 「言い訳」
「ナゼか?」  → 「言い訳」
…        …

・・・の根競べ。この原因は追究→逃げるのパターンに陥っているところに問題がある。人間は追及されれば誰でも身をかわそうとするか逃げの体勢をとる。
そこでやり方を変える。
前例の場合「ムリです」と反論されたとき「ナゼか?」と問い詰めるのではなく、「じゃあどうすれば出来るかな」とか「どうすればできるか、一緒に考えようよ」とすれば○+思考で考えるようになる。ここで初めて頭脳は働きだす。「じゃあどうすればいいかな?」を幹部の口癖にしようではないか。

以上

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