〔弊社事務所を移転します〕
最近、昭和40年代のはじめ頃に建築された多くのビルが解体されつつある。仙台駅周辺でもいくつかのビルが取り壊され、新しく建て替えられつつある。
そんな中、弊社が入居するビルも解体されることにあった。ちょうど、事務所移転を考えていた時でもあり、これを機に現在の花京院から一番町へ移転することになった。
新所在地は下記の通りです。お近くにお越しの節は是非お立ち寄り下さい。
今度ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
〒980-0811 仙台市青葉区一番町3丁目3−11 セコム損保仙台ビル7階
TEL 022−268−3216 FAX 022−268−3217(従来通り)
幹部に訴える(162)
部下指導(68)
〔面接技法―コーチングの実践(25)〕
今月は「叱る」と「ほめる」の二つの事例を紹介しながら考えてみたい。
〔叱る〕
ほめると同様に叱ることは難しい。本来“叱る”目的は相手が自らの考え方や行為を反省し、それを改めることにある。叱っても後日改まらなければその意味はない。つまり、相手の「行動変容」そのものにある。そこで叱り方を工夫する。人格を傷つけないように叱るにはどうすればよいか、お互いが気まずい関係にならないようにするにはどうすればよいか等々…。
となるとやはり叱り方もT・P・O(時、所、場合)を考えねばならない。諄々(じゅんじゅん)と説く叱り方もあれば、怒髪天(どはつてん)を衝(つ)くような叱り方もあるだろう。今回紹介するのは後者の例である。
B社(メーカー)では、新年度の「売上拡大方針」に沿って、新しく営業マンを採用することになった。数人の応募者の中から元自動車販売会社に勤務していたB君が採用と決まった。N君、中々ハキハキしており、好感が持てる。真面目そうだ。最初の一週間は製造現場配属と決まり、初出勤の日を迎えた。当日、N君は早めに出社し軽応接室で待機していた。ところがN君を一目見るなり社長は腰が抜けるほどびっくりした。ラフな上着の下はGパン。それも若者に流行の穴あきのGパンだ。ヒザ頭やスネが見える例のヤツだ。今時のファッションであること位は分かってはいたが、それにしても―。
社長は「ヤー、オハヨウ。今日から頑張って下さいね。」と言うつもりが、「そのGパンは何だ!すぐ帰って着替えて出直して来い!」と思わず怒鳴ってしまった。
ちょっと言い過ぎたかな?と反省はしたが、この時は全身の血が逆流するようでどうにもならなかった。初出社日とはいえ、N君に対する叱り方、注意の仕方はこれで良かったか、しばらく考え込んでしまった。
出勤のため自宅から一歩外へ出れば、そこでは企業を代表するビジネスマン。どこで誰に見られているか分からない。そんな思いが強い社長だけにN君の身なりをどうしても許すわけにはいかなかった。と同時に、彼の甘い考えを正したかった。我社の一員として働いてもらうのだ(それも営業マンとして)。もしこの厳しさに耐えられず辞めてしまうようであれば、それも仕方ない。そんな気持ちも社長にはあった。
迫力に圧倒されたN君は自宅へ飛んで帰り、改めて出社し直して来た。社長の前に出るや「社会人として自分に甘いところがありました。本当にスミマセンでした。」と深々と頭を下げた。
今、N君は現場実習を終え営業マンとして頑張っている。多分、今回の一件は彼にとって一生忘れられない事件?となったに違いない。
静かにさとす(・・・)やり方もあるが、時には本人のためにショック(・・・・)療法(・・)的な叱り方もある。少なくとも
これでN君は正しい方向へ導かれたわけである。
〔ほめる〕
次に紹介するのはある販売会社に勤務するT営業課長の事例である。T課長は営業成績も良く、30歳そこそこで課長に抜擢されたヤリ手である。部下は5人。先輩の部下もおれば年下もいる。毎日陣頭指揮を取る中、部下を“ほめる”ことはほとんどなかった。意識もなかった。
ある時、20歳も年上の部下から「成績を上げても課長はほめてくれないんですね。もっとほめてほしいんだが―」と言われた。父親のような部下からそんなことを言われようとは夢にも思っていなかったT課長は、ふと自分自身のことを考えていた。
これまで営業マンとして一生懸命頑張ってきたが、それは自分のためでもあり、会社のためでもあった。しかし、よく考えてみれば、上司や社長からほめられたい、認められたいという一心だったようにも思う。にも関わらず、今の自分は部下をほめることをほとんどしていない。ようやくT課長は理解した。「年齢は関係ないのだ。人間はいつまでたっても認められたいのだ」と。
以上
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