No.198
2004.10.25

【晩節を汚すな】

 イチロー、松井(秀)の活躍で、米大リーグの情報がどんどん日本に入るようになり、アメリカ野球の面白さを味わっているが、かたや日本のプロ野球界はまさに混沌としている。今やIT産業が乗っ取らんばかりの勢いだが、かつて、日本のプロ野球は鉄道会社が君臨していた。西鉄、近鉄、阪急、南海、国鉄、阪神…。いまだに「ホークス」と言うと「南海ホークス」とつい言ってしまうあたり、また、レッドソックスがヤンキースに0勝3敗のあと、4連勝してア・リーグ優勝したと聞けば、大昔(?)西鉄が、巨人に0勝3敗のあと、4連勝して日本シリーズで優勝した三原監督対水原監督の激突を思い出すあたり、もうあの世の人間なのかもしれない。

時代が変化していくのは当然だが、残念なのは政治や経済界では大物といわれたトップ(または創業者)が次々と倒れていく姿である。自らの経営(理念)を豪語し、敵なしに見えた時代のリーダーたち。公僕として、あるいは社会の公器としての誠実さ謙虚さが失われてはいなかったか。歴史は繰り返すと言うが、悲しい現実である。
いつも謙虚であること。これが一番である。

実るほど 頭を垂れる 稲穂かな −

幹部に訴える(145)
部下指導(51)
〔面接技法―コーチングの実践(8)〕


 部下指導の中で“ほめる”“叱る”は共に重要な要素であるが、日常、大いにほめる一方で、部下が気絶するほど叱ってしまうこともある。顧客を無視したような仕事振りや、仕事をなめた態度でこなしているときは叱る。部下はほめられた時は嬉しいが、叱られた時は自分という人間が否定されたようでつらいだろう(叱った方はもっとつらいのだが−)。そのどちらにしても、実は人間の身体の中では我々が気づかぬ大きな変化が起こっている。

 人間の身体はほとんどが水でできていることはご存知のとおりだが、この世に誕生する前の受精卵の段階では99%が水。オギャーと生れたときで90%、成人になると70%が水である。死ぬときになってやっと50%を切る。ところで“ほめる”“叱る”という行為はこの水に大きな影響を及ぼすらしいのだ。

 世界で初めて水の結晶写真撮影に成功した江本勝氏によると、水の結晶は周りの環境や条件によってその形を変化させるという。もちろん自然界に湧出する水と消毒用の塩素を含んだ水道水の結晶は異なった形をしている。前者の結晶は美しく、後者の結晶は汚い形をしている。しかし自然水であっても「かわいいネ」「きれいだネ」と声をかけると均整のとれた美しい結晶をみせるが、「バカヤロー」とか「ムカツク」などという汚い言葉を浴びせると、途端に結晶は崩れ、無残な姿になる。

 不思議なことだが、言葉を聞かせなくとも文字を見せるだけでも結晶は変わるという。例えば「感謝」「ありがとう」「愛」といった言葉を紙に書き、これを水に見せる(水の入ったガラスコップに文字を書いた紙を貼り付ける)と美しい結晶を見せる。同じように「〜しようネ」という語りかけの言葉を書いた紙を貼っても整った結晶になる。が、「〜しなさい!」と書いた命令調の紙を貼ると、結晶を結ばなかったという。

 江本氏は、日本語だけではなく、英語、ドイツ語、フランス語、中国語、などで様々な実験をしているが、例えば「ありがとう」「Thank you」「Danke」「Merci」「多謝」…どれも全て美しい結晶を結ぶと言う。名曲を聞かせても同様な結果が得られる。花や野菜などに美しい曲を聞かせると、生育がよくなるという話を聞いたことがあるが、これと同じである。


「水の結晶」

「ありがとう」

「ばかやろう」

 何故このようなことが起こるのか。その根本は振動にあるらしい(世の中の全ての物質の根本は振動であるという)。前向きの明るい言葉のもつ振動、あるいは「ありがとう」と書かれた文字自体にその形が発する固有の振動があり、水は文字の持っている固有の振動を感じることが出来ると考えられている。我々の目に見えない振動によって、この自然界はお互いに影響しあっている。

 となると“ほめる”という行為は、部下の身体(の水)のためにも、ほめた本人の身体(の水)のためにも良いことだと言えよう(お互いの身体のなかできっと美しい結晶を結んでいるに違いない)。

 蛇足ながら、最も形の汚い結晶は「無視された水」だそうである。我々人間は無視されるほどつらいことはないが、この時体内の水の結晶は散々な状態になっているのかもしれない。
 やはり言葉は言霊(ことだま)である。
<参考:「水は答えを知っている」(江本勝著・サンマーク出版)>

以  上

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