今月の言葉
2001.5.25
NO.157
小泉内閣が発足して一ヶ月経ったが、世論調査によるその支持率は80%以上と驚異的である。今度こそやってくれるだろう…そんな期待感が支持率を押し上げているのだろう。タクシーに乗れば国会中継、喫茶店に入っても国会中継が音楽の代わりに流れてくる。NHKには【大相撲より国会中継を続けて放送しろ】とクレームが入る。少なくともわれわれ庶民に、ここまで政治に関心を持たせた功績は大きい。
さて、5月7日新首相は所信表明演説を行ったが、その[むすび]の部分で…「明日を今の痛みに耐えて良くしようという『米百俵の精神』こそ、改革を進めようとする今日のわれわれに必要ではないでしょうか」と訴えた。
実は、当社が毎年実施している[中堅幹部マネジメントスクール]で米百俵の精神を教えている。使用テキストは山本有三の戯曲「米百俵―小林虎三郎の思想」。世界的な日本文学者・ドナルド・キーンによる英訳版も出版されている(One Hundred
Sacks of Rice)。
今月から来月にかけて「特別編」として、この米百表を紹介したい。
−幹部に訴える(110)−
− 部下指導(16)−
米
百俵は実話に基づいて書かれた、山本有三による戯曲である(戯曲;演劇の脚本の形式で書かれた文学作品)。山本有三と言えば「路傍の石」、「真実一路」等でよく知られている。
さ
て、物語は明治3年旧暦の4月末【現在の5月下旬〜6月初旬、梅雨に入る少し前、丁度今頃である】。長岡藩(現在の新潟県長岡市)での出来事である。長岡藩は会津藩(福島県)と同様、明治維新の際反抗したため(戊辰戦争)、町は戦乱状態となり、三度も官軍との間で領土を取ったり取られたり、すっかり焼け野原となったしまった。官軍に敗れたあと七万石から二万四千石に減らされた上、更に天候の不順から米の不作が続き、極貧の状態にあった。そこへ分家の三根山藩から長岡藩の藩士一同に対して百俵の米が見舞いとしておくられてきた。
物
語はこの百俵の米をめぐっての主人公/小林虎三郎(長岡藩の大参事・学者・43歳)と藩士とのやりとりが中心である。
以
下にその一部分を抜粋して紹介してみよう。
| 三左衛門 |
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聞くところによれば、このたびご分家三根山藩のご家中から、
当藩の藩士一同に見まいとして送ってきた米をおまえ様【虎三郎のこと】は
われわれに配分せぬ意向とあるが、それは果たして、まことのことでござるか。 |
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| 専八郎 |
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しかも、その米の売り払い代金をもって、学校を立てるご所存とうけたまわった。
たしかに、さようなこと従五位さま【長岡藩主・牧野忠毅のこと】に申し上げるつもりか。
しかとした返答をお聞きしたい |
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| 喜平太 |
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(つかつかと虎三郎の前に進み、刀をするりと抜くと、それを畳の上にプツリと突き刺す)
さあ腹をすえて返事をしてもらおう。
返答によっては大参事と言えども、そのままには致しませんぞ |
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【略】 |
| 虎三郎 |
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貴公らは欲がないのう。
なんだって、そんなしみったれた事を申すのだ。
なんぞというと、すぐ百俵、百俵とわめき立てるが百俵の米って、
いったいどれどれだけあると思っているのだ。(略)
考えてもみるがいい。当藩のものは軒別にすると千七十軒あまりもある。
あたま数にすると八千五百人にのぼるのだ。
かように多数のものに分けたら、軒のもちぶんは、わずか二升そこそこだ。
ひとりあたりにしたら、四合か五合しか渡らないではないか。
それくらいの米は一日か二日で食いつぶしてしまう。
一日か二日で食いつぶして、あとに何が残るのだ |
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【略】 |
| 虎三郎 |
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その日ぐらしでは長岡は立ち上がらないぞ。
おれが今度、学校を立てようと考えたのは、そこだ。
貴公らの目から見たら、みんな食えないで困っているさ中に、と申すかもしれぬが、
こういう時こそ、何よりも教育に力をそそがなければならないのだ。
そこからきづき上げてゆかぬ限り、長岡は本当に息を吹き返すことはできないのだ。 |
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| 善 内 |
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教育?教育なんてもので腹がくちくなるか。
そんな先の長い話はあとまわしにしてもらおう |
(来月につづく)
以上
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